大雨の水曜日に

朝は雲ひとつない晴天だったが、午後になって日が翳り始め、それからは一気に土砂降りの雨になった。

「傘は?」

下駄箱で、靴を履いていたときだった。
ふと振り返ると傘を手首に引っ掛けて、ぐるぐる回している恵美が立っていた。
「危ないよ、傘・・・」言いかけたときに彼女は傘を高く放り上げて右手でキャッチした。「ないんでしょ、傘」なぜか勝ち誇るような声でしゃがみこんだ僕を見下ろしていた。「朝、降ってなかったから・・」
「はぁ?天気予報見てないの?ばっかじゃん?」
「急いでたから・・」

僕は靴をはき終わって、玄関に向かって立ち上がった。春の雨は冷え込んで嫌だったが仕方ないか。
「待ちなって。傘、入れてってやるからちょっと待ってな」
といいながら、彼女も靴をはき始める。

彼女と僕は同じマンションに住んでいた。帰り道は、当然一緒だ。そんなわけで、小学校、中学校と、同窓の仲だ。まさか、高校まで同じになるとは思っていなかった。彼女の学力だったら、もっといいところにいけたはずなのに。

「おまたせ。」といいながら玄関に向かって小走りし、傘を広げる。僕はおずおずとその隣に並ぶ。
長身の彼女は、僕より数センチ背が高いようだ。傘くらい持ってやりたかったのに、情けないな・・
「・・・そういえば、めぐ、なんでこの高校に来たの?」
「ん、なんで?」
「いや、小石川でも、充分入れただろ?」
距離が近づくというのは、不思議なことだ。僕は、今まで気になっていたが聞けなかったことがすらすらと口から出てきた。

「・・なんでだと思う?」
「いや、家から近いから?」
・・・しばし黙って歩き続ける。
「ナイシンテンってのが足りなかったんだ。」彼女はあっさり答えた。なんだか違う答えを期待していたことに気づいて恥ずかしくなった。

彼女は確かに、中学のころ髪を金色に染め、授業中もCDを聞いていたりまじめとは程遠い生徒だった。
それだけに、試験の上位者リストの上のほうにいつも彼女の名があるのが、不合理な思いをわかせたものだ。

「あんた、しっかりしてるよね」と、恵美
・・・
「え?」
「いや、私なんかこんなだろ」彼女は金髪を指でつまんで自嘲的に笑った。
「俺からみたら、めぐの方がうらやましいよ、才能、ってやつか?」
「ははは、それなりに努力してるんだよ、バカ。」
僕の横腹を「ドスッ」とたたいた恵美。
「おい、今の本気で痛かったぜ」「わりい」

冷たい春雨の中、少しだけ暖かい直径1メートルの空間を僕は感じた。
空も少し明るくなってきた。もう少しすれば春の日差しにキラキラした景色が映えるだろうな、と、思った。

199x年 4月