白いコーヒーカップ その15

中央大学の学食から帰って、5,6時間目の授業を寝てすごす。すやすやと寝ている私の後頭部をボールペンでひっぱたかれて、目が覚めた。もう、授業は終わっていて、生徒たちは帰ったり、部活に行ったり、教室に残っているのはわずかだった。
そして、後ろを振り返ると恵がいた。
「いけね、寝過ごした!」
「それ、このシチュエーションで言う台詞じゃないだろ、相変わらずバカだな」
「それって言い過ぎじゃねー?」
普段と変わらない言葉のやり取り。日常に一気に引き戻される、とともに、今日私が夕食に誘うことを思い出して、顔が熱くなった。
「英語と世界史はどうしても眠くなっちゃうんだよな。」と切り出して私は気を紛らわせる。
「私も同じだよ、特に英語。間違いが多くて腹が立つし」恵が窓の外を見ながら答えた。窓の外からはバス通りが見えて、いそいそと帰っていく生徒たちがぱらぱらと歩いていた。「どこ行くの?今日?」唐突に恵が尋ねてくる。
「え、あ、あの通学路にある、コパンってお店に行こうと思うんだけど、どう?」
「いいんじゃない、それ。あそこの角の店だろ」
「そうそう。これでも、いろいろ考えたんだぜ、でもあんまり有名なとことかに出向くのもどうかな、と思ってさ。」
「あんたなりに考えたんだ。」と恵「私のため、に。」
私はドキッとした。
「そ、そうだよ、考えたよ。」
「私のためにね」恵が念を押すように聞く。
「そうっ。もういいでしょ。そうだよ、恵のためにいっぱい考えたんだよ!」
「ふーん、やっぱり私に惚れただろ」
「ノーコメント。」私は否定することも、認めてしまうこともできなかった。ただ、先日の遊園地の日から、私の心はどんどん恵に惹かれているのが事実だった。今日も恵に隙があれば、恵の気持ちを聞きたいと思っていた。
「そういえば、変身は読み終わったの?」
「とっくだよ、今読んでるのはこれ。」と恵が本のカバーをはずして見せてくれた。ヘルマン・ヘッセの「ゲルトルート(春の嵐)」だった。
「へー、そういうのも読むんだ。」私は少し驚いた。
「お前も読んだのか?」
「いや、まだ。でも『デミアン』は読んだよ。中盤からあとがよかったな」
「私、まだ読んでないからネタばれするなよ」
「わかったよ」
そんな雑談をしているうちに時はふけていった・・・