濃緑の季節 その3

そこからは、いつもの道をゆっくりと走って、自宅に到着した。まだお昼の出来事、その後のやり取りを思い出してぼおっとしていた。ドアを開けるなり、
「今日、ご飯いらないから。」私は言った。
「食べてきたの?」
「いや、ちょっと、ね。」
私は机に座って、何度も今日の出来事を頭の中でリフレインした。と、ともに夏休みのことを想像した。楽しい夏休みになるだろうな、今までで一番いい夏休みになりそうな予感がした。また、恵とのキスを思い出して煩悶していた。その日は、なかなか眠れずに、本を読んでいた。恵から借りた「ゲルトルート(春の嵐)」だった。しかし、内容が頭に入ってこない。何度も何度も同じ行を読み直しては、恵の唇の感触を思い出してわからなくなってしまった。そんなことをしながら、その夜は更けていった。

朝になった。この季節の朝は早い。5時になると既にまぶしい日差しが差し込んできて、私は寝不足の目をこすりながら目を覚ました。頭の中がボーっとしたまま歯を磨きに行く。歯磨きの香りで目が覚めてくる。再び脳に血が巡るのを感じる。新しい日を迎えることに、こんなに充実感を感じたのはいつ以来だろう。惰性で送っていた毎日、代わり映えのしない毎日、意思を伴わないで迎える毎日。そんな日々がそれまでの日常だった。しかし、今日は違った。目が覚めたときに感じた太陽の曙光にみなぎるエネルギーを感じ、小鳥の声に音楽を感じ、自らの体にみなぎる意志を感じた。意欲を持って新しい日を歓迎した。新しい一日の訪れに感謝を感じた。

オーブンでパンを焼いて、バターを塗りつけて食べた。牛乳をたくさん飲んだ。体に、新しい力が充填されるのを感じた。
「さて、今日は早めに行くか。」私は、こぎれいな服を着て、長い金髪をきれいにとかした。そして相変わらず何も入っていないボストンバッグを取って家をでる。γのテールカウルに鞄をネットで結わえ付け、キーを差し込む。軽くキックを下ろすと「ぷわんっ!」と軽快にエンジンが目を覚ます。そのまましばらくエンジンを温めて、いつもの道を学校へ向かった。