濃緑の季節 その16

私はちょっときれいなシャツにアイロンをかけて着替え、トーストを焼いて食べた。
そして自転車で池袋へ向かう。真夏日だったので汗をかいてきて、アイロンをかけたシャツは台無しになってしまった。恵の家に着き、チャイムを鳴らす。しばらくすると、恵の母親が出てきて、言った。
「あなたがいんなみさん?恵からいつも惚気話聞いてるわよ。」
「いえ、お恥ずかしいです、よろしくお願いします。」
かしこまって挨拶をしていると、後ろから恵が走り出してくる。
「ごめーん、昨日の電話のとき、私疲れてボーっとしてて・・」
「多分そんなとこだと思ったよ。じゃ、行こう!」
「恵をよろしくね。」
「はい、どうも、こちらこそお世話になってます・・」
私は恵を後ろに乗せて、新大塚を横目に春日通りに合流する。
「暑いなー今日は。」恵が首に手を巻きつけて、肩にもたれかかってくる。
「それ、余計に暑いんだけど。」私は言った。
「いいじゃない、どうせ暑いんだから・・・」恵は耳元で鼻歌を歌っている。こんなときの恵は機嫌のいいときだ。
学校の前を通り抜け、中央大学を抜けると急な下り坂だ。私は全速力で下り坂を駆け下りる。すると文京区役所と後楽園が見えてくる。
「ついたよー。」私はそういって、自転車を入り口の前に停める。
「じゃあ、早速いこうぜ、リニアゲイル。」恵は上機嫌だ。
「それよりも、お化け屋敷に・・」
「もう、やめてよね、ほんっと怖かったんだから。」恵がほっぺたを膨らませる。久しぶりに見る恵のふくれっ面に、なんか安心した気持ちがした。私たちは、リニアゲイルの階段を上って行った。そして、乗り場まで来ると、恵がはしゃいで言った。
「ああ、もうすぐだよ、楽しみだね!」
どうせ引きつった顔してたくせに、私は思いながら恵の笑顔を見て笑っていた。
「次だぜ、大丈夫か、めぐ?」
「やっほー、次じゃん、楽しみー!」ますますはしゃぐ恵。そういえば、最近恵のひねた態度を見てないな、と私は思った。なんだか斜に構えたような以前の恵だったが、最近の恵は「かわいい女の子」になっている。なんとなく、うれしかった。
「ぎゅーん・・・」とリニアゲイルがプラットホームに止まった。
「いよいよだね。」私は恵の肩を抱えて言った。
「うん。」恵は少し固くなって頷いた。
・・・・・
あーすっきりした。やっぱ絶叫マシンだよね、なあ、いんなみ。」恵がはしゃいでいる。なんかテストのストレスの大反発のようだった。
「うん、すごい加速だよね。」私もはしゃいで答える。普段乗っているγでは感じられない加速だ。250とかならもっとすごい加速なのかもしれないけれど、私の乗っている50ccでは到底味わえない加速だった。
「今日は写真ないの?」恵が聞く。
「お金があんまないんだよ。バイトでしっかり稼がないとな。中免も取りたいし、250ccのバイクもほしいんだ。」
「へえー、買ったら私を一番に乗せてね。」恵が言う。
「うん、そのつもりだよ。もちろん。でも運転にちょっと慣れてからね。怪我させるわけに行かないからさ。」
「怪我させたら責任取ってよね。」恵が意味ありげに上目遣いでささやく。
私はそれに気づかないふりをして、
「うーん、だいじょぶ。練習するからさ。」とだけ答えた。