秋の夕暮れに その3

「じゃあな。」私は恵に声をかけて家路についた。すでに午後11時を過ぎていた。今日中に帰り着けるか怪しいものだった。自宅へついてドアを開けると、母が私のほうを見て何かを言おうとしていた。言葉にならない声を出していた。
「あんた、恵ちゃんが・・・事故にあったって・・」
「え?」私は今聞いた言葉の意味が良くわからずに、しばし思いをめぐらせた。そしてやっとその言葉を理解すると、脳から血の気が引いていく気がした。耳の中で血液が流れて行くのが聞こえた。
「・・・・どこ・・・・」私はやっとの思いで聞き返す。
「池袋病院だって・・、早く行ってあげな・・」
「行ってくる。」私はヘルメットをとって駆け出した。γのエンジンをかけて、池袋を目指して突っ走る。どんな容態なのかも聞いてこなかったので、不安だけが先走る。その不安を振り切るように最高速の時速100キロで走り抜ける。夜間通用門で事情を話し、部屋を教えてもらう。私は階段を駆け上がり、3−C病棟に向かった
「すみません、312ってどこですか・・」私は夜の薬を配っているナースに尋ねた。
「あなた、あの子の・・」
「そうなんです、どこですか。」
「ついてきて。」そういって彼女は踵を返した。私はその後を呆然としながらついていく。その態度に、何か不穏なものを感じた。
部屋にたどり着くと、「面会謝絶」の札が下がっている。ナースはドアを軽くノックして、開けた。
「すみません、いんなみさんが見えてますけど、どうしましょうか。」
・・・
しばし、話し合っていたが、ナースは私を手招きして言った。「入って。」
恵は、眠っていた。夏の民宿で眠っているときと同じように、静かに眠っていた。違うのは恵の頭に包帯とネット、そして指、胸にセンサーが取り付けあること、あとは酸素マスクだった。脇のモニターは、恵のバイタルをモニターし続けている。
「サチュレーションが下がってるわね・・」ナースはPHSでドクターと連絡を取って、酸素を5リットルに変更した。
「どう・・なんですか?」私はナースに尋ねた。
ナースは恵の両親のほうを向いて頷いた後、私に言った。「心肺機能は今のところ保たれてる。問題は頭を打ってるから、まだ意識が回復しないこと。そして、いつ回復するかは分からない。明日かもしれないし、来週かもしれないし、来月かもしれないし・・」言葉をさえぎって私は言った。
「でも、でも、回復すれば、治るんですよね、恵は・・・・」私の言葉をさえぎってナースが続ける。
「回復しないかもしれない、回復しても後遺症が残る可能性が大きいです。」
その言葉は私の胃の中に大きな錘を入れたかのように、大きな衝撃だった。
「そんな、めぐ、ほら、こんなに気持ちよさそうに眠ってるじゃないですか・・」意味があるとも思えなかったが、その気持ちよさそうな寝顔からは重大な症状は読み取れなかった。