秋の夕暮れに その5

目が覚めると、窓の外は黎明だった。ビルの隙間から日の光がこぼれて、病室を明るく照らし出した。私は一人で椅子に座っていた。いつの間にか、誰かが毛布をかけてくれていたようだ。私は立ち上がって毛布をたたみ、椅子の上においた。そして、恵の寝息を確かめるために顔を近づけ、その頬にキスをした。モニタを見て、何もおかしなサインが出ていないことを確かめた。今のところ、脈も呼吸も安定していた。後は、意識を取り戻すのか、いつ意識を取り戻すか、意識を取り戻したらどうなるか、私は考えた。
「めぐ・・待ってるからな。」私は物言わぬ恵に語りかけた。ふと、そのときに気がついた。恵が頷いた・・と感じた。
「めぐ?聞こえてるなら、瞬きして!」私は恵に語りかけた。
ゆっくりと、しかし確実に、恵は両目を閉じてまた大きく開いた。
「めぐ・・・めぐ・・・ずっと・・・ずっと待ってた・・・」涙と嗚咽が止まらなかった。私はよろよろと恵のベッドの上にあるドクターコールのボタンを押した。ばらばらとナースやドクターが集まってくる。
「恵が、意識を取り戻しました。」私は静かに告げた。それに呼応するかのように、恵が頷いた。一同からため息が漏れた。
「とりあえず、山は越したと思っていいんですかね?」私は主治医に尋ねる。
「いや、今のところバイタルは安定しているが、脳の低次機能の部分に傷が入っている。まだ楽観視はできない。」
「それは、どういうことですか?」
「呼吸、心拍など、生存機能の重要な部分がまだしっかりしてないんだ。」
「そうですか・・・」私がうなだれているところへ、恵の両親が駆け込んできた。
「意識を取り戻したんですって?」主治医にしがみつく。
「とりあえず、呼びかけには反応するようになりました。ただ、あまり楽観視しないでください、意識だけが鍵ではありませんから・・」主治医は説明した。
「恵、恵?」恵の母が問いかける。そのたびに恵は、瞬きをして返事をする。
「あなた、恵が、恵が目を覚ましたわよ・・」
「ああ・・ただまだ楽観視できないらしい」
「そうね・・」
私は言った。「待ちましょう、戻ってきてくれるまで、待ちましょう。」
「それしか、できないな・・」
そういって椅子に座り込む。