夢九夜

第一夜 


こんな夢を見た

未明にとつぜん人が訪ねてきてドアをとんとんと叩くから、布団からおきだしてドアを開けてみると、きらきらしたワイングラスの破片を持った女が「これはあなたのグラスですか」と細々とした声できいてくるから「そうだ、しかしこれはこの前割ってしまったものだ」と答えると
「そうですか、では頂いてよろしいでしょうか?」と上目遣いでたずねてる。私はきょとんとして「ああ、もっていきなさい」といったら女はその破片を丁寧にハンカチに包んで手提げに入れ、「ではごきげんよう」と言って去っていった。


妙な女だと思った。
次の晩、掃除のついでにポストを見ると、封筒に入っていない二つ折りのレターがおいてあった。
開くと小筆でとても細い字で「きれいなかけらを有難うございました」とかいてある。


朝になり、新聞を取りに門までサンダルで歩いていたら、あの女がまた別のかけらを持って「これもあなたのグラスですか」と聞くから女を見据えると、かけらを持つ手に血が滴っていた。「ああそうだが、一寸待ちなさい」といって一脚のグラスとハンカチを持って戻ると女は持ってきたかけらをいともいとおしそうに眺めていたから「ご婦人、これを差し上げよう、血をぬぐいなさい」と私は割れていない、かけらの片割れのグラスを差し出した。女は目を細めてクリスタルガラスのきらめきを確かめてから「有難う、でもこのかけらでいいの」と云ってハンカチだけを受け取って日が昇るほうへ歩いていった。


またも妙な女だと思った。奥ゆかしいのかなと思った。
翌日の未明にわたしは片割れのグラスをポストの上に置き、「ペアに戻してやってほしい」と書いた紙をグラスの下に敷いておいた。
朝日に目を細めてポストを見に行くと、グラスは寂として其処においてあった。私のしたためたレターもそのままだった。
しかし、グラスの首根っこに桃色の紙が折って結んであった。あの女の字だった。「あなたは、なぜグラスが片割れになってしまったかお分かりですか。私が破片を拾い集めている理由がお分かりですか。」と、か細い字で書いてある。私がグラスを戻そうと、手を伸ばした刹那、グラスは地面に落ちて木っ端微塵になった。・・・・