夢九夜

第五夜


こんな夢を見た。

窓の外は満天の星空であった。眺めていると急速に星空は歪んで、星の色はさまざまに変化した。しばらくすると、また別の星空が見えてくる。「そろそろ食事にしないか」と、金色の髪をしたクルーが云うから「そうだな、ワインはあるか」と訊くとそのクルーはストローの付いたレトルトパウチを投げてよこした。吸い飲みするワインの無粋さに初めのころは憮然としたものだったが、しばらくすると慣れてしまった。寧ろグラスに注ぎながら飲むより楽だし、何よりレトルトだから時間がたっても美味しい。


「なぁ、地球からどれから離れているのかなぁ」と漠然とこぼすと金髪のクルーはジントニックを飲みながら「そうだな、0.9光速で3ヶ月、空間ジャンプを7回やってるからな。そろそろ地球から、と云うのやめようぜ」と云う。イオンジェットエンジンの性能アップに伴って人類の行動範囲は飛躍的に向上した。地球から最も近い恒星、4.3光年はすぐに達成できた。そしてワープによる空間スキップ航法を手にしてから人類はなんども他の銀河に向けて人を送り出した。われわれもそのうちの二人であった。太陽系の辺縁までは地球と通信しながら飛んでいたが、太陽系を離れるときに宇宙船はイオンジェットを最高出力にして準光速に向けて加速した。


「いまさら戻りたいなんて言うなよ」金髪のクルーが釘を刺す。私は黙って頷く。今から地球に戻っても過去の友人たちはすべて死んでしまっている。人類そのものがいなくなっている可能性も高い。高速で移動すると時の流れがゆっくりになるからだ。
しかし、宇宙に絶対静止系がない以上、高速に近い速度で遠ざかっているのは地球であってもいいはずだ。だったら、どうして宇宙船の中の時間だけがほとんど止まった状態になるのだろう。なんども学校で習った双子のパラドックスを思い出して不思議な気分であった。


「おい、あれはなんだ」私は金髪に窓から見えるパルス上に光を発する物体を指差した。準光速で飛んでいるわれわれの宇宙船に向かってくるそれは赤い光を点滅させていた。われわれに信号を送っているようだった。「なぁ、あれはなんだと思う?」「いやぁ、地球では赤の点滅は一時停止、だけどな」そんなことを言い合っているうちにその物体の傍を通過して、予定のルートでジェット航法で進んだ。そうしているうちに今度は黄色く光る物体が見えてきた。「おい、あれは人工のものに違いないぜ」「さっきの赤いのもな」確かに、赤く点滅する物体も黄色く輝く物体も自然にできたものとは思えなかった。私にはそれらが明確なアラートに思えた。「速度を下げてみよう」私は云ったが「そんなことしたら、再加速できなくなる。イオンジェットの燃料はほとんどないんだ」と反論する金髪のクルー。確かにそうだったが、私にはこの二つの出来事がとても不吉なものに思えて仕方がなかった。黄色く光る物体を通り過ぎると、もうそこに星空はなかった。代わりに巨大な人口の天体基地が見えてきた。私たちの宇宙船はその基地の飛行場に吸い込まれるように入っていった・・・

隙間を飛ぶわれわれの宇宙船は電磁力によってどんどん減速して行った。そしてその基地から見て静止状態になると基地の一部に吸い込まれるよう消えていった・・


「うーん」私は目を覚ました。暖かくやわらかいベッドの上だった。隣のベッドには金髪の同僚が眠っていた。私は宇宙服すら着ていないことに驚きを感じて、大きく息を吸うと、宇宙船の中とは違ってとても気持ちのいい空気であった。おなかがすいていた。振り返るとテーブルの上に食事が並んでいる。サラダ、スープ、肉、そしてワインのボトルが置いてあった。「おい起きろ」私は金髪のクルーに声をかけて、大層驚くクルーに現実を理解させるために大きな手間をかけた。
「食べてみましょうよ」金髪のクルーは云った。私も、よくわからない出来事はすでになんども体験していたので、その言葉に従って食べることにした。


丸いテーブルを挟んで、金髪のクルーと向かい合って食事をした。そこで驚いたのは、サラダでも肉でも、何か普通の味と違うのだ。美味しいことは美味しいのだが、どうもしっくり来ない。文句を行っても仕方がないことは判っていたので、私たちは食事を平らげた。そして私がワインに手を伸ばすと、ラベルにはよくわからない文字が書いてある。ぱっと見て、それがボージョレ・ヴィラージュだと思ったのだが、なんか文字があいまいである。不思議なことに飽き飽きしていた私はそのワインのコルクを抜き、グラスに流し込む。グラスをゆすって香りをかぐと、確かに赤ワインの味がした。一口、飲んでみると長く馴染んだ宇宙船にあるレトルトのワインの味がした。


部屋の扉を叩く音がした。扉を開けると、何人もの人がいた。アメリカ人、日本人、一見して宇宙人とわかる生き物など・・・・
「ここでの生活は気に入っていただけましたか」先頭に立っていた背の高い黒髪の人間が訊いたから、私はよくわからない、とりあえず文句はない、と答えると、その黒髪は「ではもう少しお休みください」と云って立ち去っていった。他の人間もついていった。
私は、めまいがしてさらに非常に強い眠気が襲ってきたので先ほどまで寝ていたベッドに倒れこむように戻って布団をかぶった。帳が下りてきた。・・・・