夢九夜

第六夜

こんな夢を見た。


大層大切に育てていた百合を小僧がボールでなぎ倒してしまった。
私は非常に憤り、小僧の頭を竹刀でひっぱたいたのだが、そんなことをしても仕方がない。倒れた百合を見てこれは如何したものかとしばし逡巡した。
結局、百合をゆっくりと起こして、細い笹をとってきて支えにした。そうしたら百合の花のしおれていたのがぴんと張って、生気を取り戻したから私はほっとして、その百合を風の当たらないところへ移した。


しばらくすると風が出てきて木の葉がざわざわしてきたから、私は百合がまた倒れてしまうのではないかと思って、百合の鉢植えに大きなバケツをかぶせてやった。しばらくすると風は止み、太陽が顔を出してきたから、バケツをどけてやったら、百合の花はさっきよりも艶が出てきて、曲がっていた葉をぴんと伸ばして立ち居姿もよくなった。それからも、雨が降ると鉢をすべて部屋の中に移したり、天気がよくなると日当たりのいい場所に移したり、風が吹いては風除けを作ってやったりした。


そんなある日、花弁が少ししおれてきて、首根っこが垂れ下がってきた。私は大層がっかりして食べるものも食べずに鉢植えを持って、花卉を扱う店に持って行って聞いてみると「そろそろしおれてくる時期だよ」と云うから仕方なく鉢植えを持って帰ってきて、「もうそろそろ別れるのか」としおれかけた花に話しかけると、花は小さく頷く。そうか、それでは仕方がないと云って杯を持ってきて鉢に水をやった。翌朝、百合を見ると相変わらずしおれそうな花弁に朝露を湛えている。私はしゃがんで百合の花と接吻し朝露を飲み込んだ。甘露のような味がした


その夜、私が布団で横になって寝ようとしていると、瓜実顔の女が枕元に現れ「ありがとうございました」と云って寝ている私に接吻をした。「では私はこれで行きますので」と云って私の枕元から遠ざかっていった。私は夢見心地で去っていく女のほうを見ると足に大きな怪我をしたのか、杖を突いている。「待ちなさい、お嬢さん」私は呼び止めたが、女は振り返って微笑んで「また参りますよ」と言い残してまたすたすたとぎこちない足取りで部屋を出て行った。女が部屋を出てしまうと、部屋にはまた寂とした静けさが張り詰めた。


次の朝、例の百合を見に行くと、しおれかけた花は一層しおれ、うなだれた首は一層うなだれていた。ふと鉢の脇を見ると、そこには小さな百合の芽が出てきていた。私は百合の芽をすべて植木鉢に移してやると、しおれた百合に注いだのと同じように愛情を持って百合を育てた。百合を見つけるたびに植木鉢に移して育てたものだから、庭は百合の植木鉢で一杯になってしまった。そしてその花が咲くころになると、とても鼻につんと来る香りで庭が満たされた。それまで私の心に空いていた空隙を百合の香りが満たしていった。どの百合も大きな、重そうな花を開いて朝露に輝いていた。