言葉にできない

新宿の街を歩いていて、まったく偶然に、ばったりと君に会った。
記憶と同じ、どこかもっと遠いところを眺めるような、超然とした表情だった。
実に2年ぶりだった。

あたりは、そろそろ夜の帳が降りようとする、薄墨色の時間。7月の刺すような日差しが消えて蒸し暑い中、どこからか蝉の声が響き渡る。こんな街の中、どこにいるんだろう?
雑踏の中、その蝉の悲鳴だけが私の耳に聞こえていた。

そのとき、私は言いたいことがたくさんありすぎて、頭の中に言葉の大波が押し寄せる。
「どう、最近?元気にしてる?」
「うん」
小学生でも、もっと気の利いたことが言えるんじゃないかな。他のことは、言葉にできなかった。
「じゃあ。」
「うん、じゃあね」

すれ違って程なく、雑踏のがやがやが戻ってきた。
蝉は、相変わらず鳴いていた。

その日の夜中は雨だった。
次の日の朝は、また、刺すような日差しがもどって来た。

脳内BGM:ハイドン 弦楽四重奏曲第17番「セレナード」