審判 その4

程なく、30分もたったであろうか、文庫本を読み終わり、予想通りではあったが皮肉で痛快な終結に満足していた。

腕のブロードアローをみると、すでに15時。そろそろ日差しも傾いてきて、あたりの空気も冷え込んでくる。私は文庫本をふたたびバッグに戻して、氷川丸の前のベンチから、赤レンガの側に向けてゆっくりと歩き出した。目はどこにも焦点をあわせず、ただすべてのものが風景として緩やかに流れる・・・

相変わらず空は薄墨色をしている。海から潮の匂いがする風が流れている。冷ややかな風が髪の中を通っていく。


私は漫然と視点を泳がせていたが、とある拍子に、手すりにもたれてみなもを見つめている一人の女性に視点が固定された。髪は大胆にショートになっているが、髪の先を右手の指でいじる仕草は、私の記憶にあるものと変わっていない。

薄墨色の空と緑色の海を背景に、薄いピンクのボレロが映えていた。どこか、間違えて道路に生えてしまった花のような印象を受けた。私はすこし戸惑ったが、やはりそのまま歩いてゆくことにした。声をかける理由も、避けて通る理由も無い。バッグから、もう読むところの無い文庫本を取り出して、でたらめなページを開きながら、自然に近づいていき、そして自然に通り越していった。そして、文庫本をふたたびバッグにしまおうとしたときだった・・・・

(・・意地で次回に続く・・)