濃緑の季節 その17

それから、いくつか乗り物に乗って、夕方を迎えた。
「はー、暑かったし、疲れたね。どうする、これから?」
私は恵に尋ねる。
「私、遅くなるかも、って言ってきたよ。どうしようか。」恵の言葉にどきりとした。
「・・・じゃあさ、ラクーア行ったあと、このあたり散歩しない?後楽園の周りの夜って綺麗なんだよ。」私はとっさに言った。
「ふーん、誰と来たのよ。」恵はふくれっ面だ。
「一人で。おれ、散歩するの好きだから。」正直なところを言ったつもりだったが、なんとなく恵は納得していない様子だ。
「ふーん、そうなの。」相変わらずのふくれっ面で恵が言う。
「いや、だからさ本当だって。」私は続ける。
「だれも嘘だなんていってないでしょ。そんな素敵な場所があるならもっと早くつれてきてくれればよかったのに。」恵は言った。ほっと胸をなでおろして私は言った。
「その前に、なんか食べようよ。ここで。」
「そうね。じゃあのラーメン屋。」恵が言う。おなかがすいているみたいだ。
「いいよ、じゃ、そこにしよう。」私はそう答えて、恵の手を引いてそのラーメン屋に連れて行った。店内は混雑していたが、二人分の席は見つかった。私たちはそこに腰掛けて、注文をする。
「おれ、チャーシュー麺ね。」
「私も。」恵も食欲旺盛だ。しばらくしてわたしたちの前にチャーシュー麺が運ばれてくる。二人ともおなかがすいていたので、だまって食べることに集中していた。
大体食べ終わったころに、私はCDを鞄から取り出して恵に渡した。
「これ、この間言った、作ったCD。」
「あ、私忘れちゃった、ごめんね・・。」恵は言う。
「やっぱりね。そうだと思った。だってめぐから何も言ってこなかったから。試験で、相当疲れたんだね、お疲れさん。」私は恵の頭をなでながら言った。
「結果が楽しみよ。こんなに勉強したの、はじめてだもん。」恵は上目遣いで笑みを浮かべながら続ける。
「私、今回はあんたに勝ったかもしれないわよ、すごくできたもん。」
「それは、終業式までとっておこう。それよりバイト、どうするの?」私は尋ねた。
「うんとね、7月23日に行くことになってるから、池袋駅で9時に待ち合わせようね。で、帰りは8月25日だから、一緒に帰ろう。あ、あと宿題もって来るんだよ、やる暇なくなっちゃう。」恵が続ける。
「で、ばあちゃんの民宿に泊まる事になってるから。1部屋貸切だよ。」何事もないように、恵は言う。
「え、めぐと同じ部屋、ってこと?」
「そうよ。ちょっと待ち遠しくなった?」恵が薄笑いを浮かべてからかう。
「うん、ちょっとね。」私は笑って照れ隠しをしながら頷いた。
「めぐ、・・・・いいんだよね・・・?」
「だーめ。」恵が舌を出して答えた。
「なんだよー、すごい勇気出して聞いたんだぜ・・」私は言った。
「でもね、7月30日あんたの誕生日でしょ、だから考えておくわ。」
「・・・うん・・わかった。」
その日は、夜9時ころまで後楽園の周りを散歩して、それから恵を家まで送っていった。別れ際に長いキスを交わして
「じゃ、今度は終業式だね。」私はドアに向かう恵に呼びかけた。
「うん、今日は楽しかったよ、大好き。」恵が大きな声で呼びかけてくる。家の中まで聞こえているだろうと思って、気恥ずかしくなった。私は涼しくなった夜の風を切って、自宅に向かった。家についてドアを開けると母が
「あら、帰ってきたの?」と間の抜けたことを聞いてくる。
「当たり前でしょ。」私は軽く答えて、机に向かった。