忘れられない夏 その3

私たちは、学校に戻って進路指導室にむかった。私は早稲田(理工)の赤本、恵は早稲田(文)の赤本を持って職員室に行った。進路指導の担当は、私のクラスの担任だった。
「先生、これ、借りて行っていいですか?」私と恵は言った。
「2年生が赤本か・・お前たち、今回のテストはぶっちぎりだったな、偏差値90コンビだ。うん、もっていきな。気が済むまで使っていいぞ。」と快く貸してくれたので、私たちはそれぞれ鞄に赤本を入れて、帰路に着いた。
「めぐ、ちょっとまって」私は自転車に乗った恵を呼び止めて鞄の中をごそごそ探した。「なに?どうしたの?」
「今日の話。これ、返すぜ。」私は百人一首の絵札を渡した。
「瀬をはやみ・・・」恵が口ずさむ。
「これ、あんたの予定調和なの?」恵が尋ねる。
「そうだよ。今日みたいな話になったら、返そうと思ってずっと持ってたんだ。」
「ちぇ、やっぱあんたは賢いよ。負けたわ。」そう恵は言って、絵札を受け取った。
「後の4枚は?」恵が聞く。
「うちに大事にとってあるよ。」
「ふん、またやり返されたか。あんたも文系に来ない?」
「いや、それもずいぶん考えたよ、恵と離れたくなくて・・」
「あんたは好きな道をいきな。私がついていくわよ。」恵が涙ぐんで言う。
私は、自転車を降りて恵のところまで歩いていった。そして、自転車に乗ったままの恵を抱き寄せた。強く抱きしめた。
「お互い、歩み寄るもんだぜ、おれだってめぐを離さないよ。」
「そうね。」恵もその言葉とともに私の体を抱きしめてきた。
「歩み寄って、一緒にいようよ・・・」
「うん」涙声で恵が答える。
軽くキスをして、お互い体を離した。そして改めて帰路に着いた。
「じゃあな、23日9時池袋だぞ、忘れるなよ!」
「ちょっと待てよ、池袋のどこだよ」
「40面!」恵は叫んで帰っていった。気恥ずかしさもあったのかもしれない。私も、自分の自転車に乗って、帰路に着いた。遠い道のりなので、のんびりと帰った。蒸し暑い風を切って赤羽に向かう。その間中、ずっと今日の出来事と、恵の涙ぐんだ顔を考えていた。