春の息吹 その1

固い蕾を長々とたたえていた戸山公園のソメイヨシノも「せえの」、でその薄墨色を得意げにさらす。その日は薄曇りだったから、その淡い桃色は白いキャンバスに鮮やかに浮かび上がっていた。
そういえば、あのときの桜もこんな風に鮮やかに映ったかな。

5年前、あなたは散り初めの桜を見てどんな風に微笑んだっけ。 あなたは一生懸命に、桜に例えて「はかなさ」「無常」の美しさを説明してくれたけど、私は風流を解さない人間だったから、私の顔をのぞき込むあなたの困ったような表情しか覚えてないのです。
残念ながら、その翌年の桜は見られませんでしたね。綺麗に咲いてましたよ。

この前、近くに用事があったから、小石川まで同じ散り初めの桜を見に行って来たよ。5年間の間にはいろいろなことがあったから、私も多少は「あはれ」を感じることが出来るようになりました。でもそのとき、春日通りを歩く私の隣にはそれを聞いてくれる人がいなかったから、感じたことを話す代わりにしっかりと覚えておくことにしました。

いつかあなたのいる所に行ったときにでもゆっくりお話ししましょう、
覚えている限りのことをお話ししますから。