夢九夜の失敗作(メイキングみたいなもの)

第十夜


こんな夢を見た。
近頃眠れなくて困っていたのだが、その日はすぐに寝ることができた。

「あなたの前世は、とても悪いことをしました。あなたはその償いを一生かけてしなければならないのです」とどこからともなく聞こえてくる。「それはどうすれば良いのか」と私が訊くと、「前世であなたがあやめた人の数だけ仏をこしらえなさい」というから、私は翌朝から山に篭り、大きな岸壁にのみを当てて、槌で叩いて仏をこしらえることにした。なにしろ彫刻の要領を得ない人間だったから、必死になって仏をこしらえ続けた。


そうしているうちに一年が過ぎた。たくさんの仏の像に囲まれていたが、どうにも開放されない気持ちであった。「私の前世はよっぽど悪いやつだったのだろう」とおもって、それからも黙々と仏を作り続けた。


そうしているうちに十年が過ぎた。ひげが伸び、顔にも深い皺が刻まれてきた。そうして岸壁を掘り進んでいるうち、に美しい仏像をたくさんこしらえた。そのころになると、美しい仏像の柔和な丸みを帯びた顔が私に心地よく感じるようになった。しかし、相変わらず私の心は暗黒に支配されどうにも気分が晴れることはなかった。そのころになると、とても美しい像を、寸分違わず作ることができた。


そうしているうちに百年が過ぎた。 白髪を振り乱し、毎日毎日仏を彫り、仏を彫る日々を過ごした。洞窟の中は、一面私が彫った仏像に満たされていた。それでも私は安息を迎えることが出来ずに煩悶した。


百一年が過ぎた。私は、自分が掘ってきた洞窟を後にして、滝の傍の岸壁の前に立った。一心不乱に槌を振り下ろして岸壁を彫った。毎日毎日心を殺して槌を振り下ろした。
そして、百二年目の春、岸壁にはいともおどろおどろしい仁王の姿が浮かび上がった。私は、はじめの洞窟に戻って、数え切れない仏を前にして、改めて自分の仕事の数々を一つ一つ検分していった。


百五年が過ぎた。私は、何かに操られるように仁王の像の前にたちはばかり、その額にのみを当て、槌でこれでもか、といわんばかりに打ち付けた。たちまち仁王の像の浮かび上がった岩盤は縦横に亀裂が入り、仁王は崩れ去った。崩れ去った後には、滝の音だけが響き渡った。刹那、私の心は開放された。私は躊躇することなく滝つぼに泳いで行ってその絶大な水圧に押しつぶされ、深く、深く沈んでいった。そして、夢の中の声に導かれて、私は天界に上ることになった。私の業は清められた。


百十年が過ぎた。仏に満たされた洞窟に多くの人が訪れるようになった。名もない男が百年かけて作った仏の前には、ろうそくがともされて、柔和な顔が浮かび上がっていた。私は雲の上からそれを見ていた。わずか百年で作った仏たちに多くの苦難を抱えた人々が集まるようになった。そして、仏たちに苦難を打ち明け救いを求める人に私は一つずつ許しを与えていった。


千年が過ぎた。苦難を抱えた人が訪れることは稀になった。ろうそくの明かりも灯されることがなくなった。私と私の代々の前世は許された。人は私のことを神がかりの呼称で読んだが、私はやっと畜生界から人に戻れた気がした。人生とは、なんて短く、なんて長いのか。


そんな夢を見たのだった。

●ね、ただの物語になっちゃうでしょ。しかも面白くない。
失敗作はたくさんあるのです・・・・・