夢七夜


第六夜


こんな夢を見た。


長くて濡れているように輝く漆黒の髪を皆がうらやましがった。
おばあちゃんが毎日綺麗に櫛を入れてくれた。12の誕生日に、とても美しい飾り櫛を買ってきて、私の髪に挿してくれた。それが最後の贈り物だった。
それ以来、祖母の部屋で自分で髪をとかすことが習慣となった。


開業医をしていた父と、お見合いで結婚した母は、なんてことのないことでけんかばかりしていた。
それを見るのが辛かったから、夕食が終わるといつもすぐにダイニングを飛び出して、部屋に閉じこもっていた。広くて綺麗な部屋だったが、窓際のストーブ以外に温もりはなかった。


祖母が亡くなって半年した頃に、母が肺を病んで寝込んでしまった。
父は何も治療をしようとせず、すぐに飛騨の高原にある病院に入院させてしまった。以来、見舞いに行こうともせず、ただ酒の量が増えた。勝手にクリニックを休診にしては酒ばかり飲んでいた。


そこへ「母が死んだ」と言う知らせが届いた。
その電報を受け取ったのは、酔いつぶれて寝込んでいた父ではなく私だった。
祖母の部屋へいって、祖母の手を思い出しながら髪を綺麗にとかした。そして私は家を出た。


慣れない仕事を転々としていたが、その1年半後には無惨に身を汚し、体は病み、心はささくれだらけになって毎日泣いてばかりいた。


夜になって、住んでいた狭い部屋を抜けて、懐かしい祖母の部屋へ向かった。
まるで、何かに引き寄せられるように足が勝手にそちらに向かった。


かつて自分のいた家は、手入れがされなくなって久しいようだった。
休診、と札のかけられた扉を引くと、扉は開いた。
かつて朗らかな顔で患者から好かれていた父は、台所で眠っていた。息をしていなかった。そばには小さなシリンジとアンプルが転がっていた。


櫛が欠けるように・・・


祖母の鏡台に向かって、長い黒髪に櫛を入れ、古くなったおしろいをはたいた。赤い口紅を引いた。


「なんで、こうなっちゃったんだろう・・」


流れ出る熱い涙に、久しぶりに生を感じた。それまでの記憶が走馬燈のようにフラッシュバックする。涙は流れ続けた。
持ってきた小さな瓶から、錠剤を取り出して飲み下す。苦い・・・・