忘れられない夏 その4

7月23日の朝、私は早起きして、荷物をチェックした。忘れたものはないかな、と考えて、通学鞄から赤本を取り出してボストンバッグに詰めた。その鞄を肩に担いで、私は池袋に向かった。埼京線に乗って、しばらくすると池袋駅につく。ホームから階段を下りて、40面に向かって歩いた。腕時計を見ると、8時50分、意外なことに、恵が先に到着していて私を呼んでいる。
「おーい、こっちだよー。」
「おう、めぐ早いな。」私は答える。
「あんたが遅いの。男は常に5分前行動!」恵が大声で言い切る。
「・・・・だから・・いま10分前・・・」
「あ、そうだった?」恵が何事もないように言った。もう、本当に恵は・・・おっちょこちょいなのが逆に笑えてしまった。
「つーか、次に乗る電車のホームに近いところにすればいいのに。」私は答えた。
「だって、ここと『いけふくろう』しか知らないんだもん。方向音痴でさ。」
「ま、いいや。早速行こうぜ。どうやって行くんだ?」
「はい。」恵がパソコンで作ったしおりを渡してくれた。それを開いてみると・・
「1日目。新木場まで行って、そこから京葉線でひたすら。館山までいったらお迎えに来るって。宿に着いたら荷物を下ろして海で遊ぶ。」と書いてあった。相変わらずいい加減で雑だな、と思いながらも私は路線を想像した。
「じゃ、いこう。」と恵の手を引いて山手線のホームに向かう。そこから電車に乗り、乗換えを繰り返し、何とか館山まで着いた。
「じゃあ、迎えに来てもらうね。」恵が近くの電話に走る。電話番号を忘れていたりすれば恵のお約束だな、と思いながら待っていると恵が出てきて言った。
「いまからくるってー。」
「じゃ、なんか飲んでようぜ。」私はのどが渇いていたので、言った。
「ちょっと待っててね、なんか買ってくるよ。」恵がいそいそと遠ざかっていく。
「はい、これ。」恵はお約束どおり、コカコーラを二つ買って帰ってきた。
「めぐはいつもコーラだよな。」
「だっておいしいんだもん。」
恵はごくごくとコーラを飲んでいる。私もプルタブを開けて、コーラを飲んだ。照りつける日差しと熱い空気の中、コーラの刺激が気持ちよかった。
「おれはビールが良かったな。」恵をからかう。
「ばーか。通報するぞ。」
そんなやり取りをしているうちに、迎えの車がやってきた。
「おーい、恵、こっちこっち。」
車の中から呼び声がする。私と恵は、声のする車のほうへ歩いていった。
「おう、久しぶりだな、恵。そっちの彼が恵の言ってた人か?」
「そうよ。私の彼氏。」
「ははは、いきなり見せ付けてくれるな、よろしくな、いんなみさん。」
「はい、はじめまして。こちらこそよろしくお願いします。」私は挨拶をした。
「ははは、こっちこそ頼むよ。結構重労働だから、がんばってくれよ。」
「わかりました。がんばります。」
私たちは車に乗り込み、宿を目指す。
「金髪だから一瞬びっくりしたけど、頭良いんだってね、恵から聞いてるよ。」
「いや、そんな・・恵さんのほうが絶対頭いいですよ。」私は答える。
「謙虚な若者じゃないか、見た目によらず。」
「恵さん、偏差値90ですよ。」私は言った。
「で、あんたが91ね。」恵がフォローする。
「学年でダントツのトップ2だったんですよ。」私は少し誇らしげに言った。
「へぇー、あの恵がね。頭の悪い子だとは思ってなかったけどそこまでできるとははじめて知ったよ。」
「今回が初めてよ、ダントツなんて。こいつの影響だよ。」
「で、なに?早稲田に行くんだって?二人で。」
「まったく、余計なことばっかり言いふらしやがる。」恵が毒づく。
そんなことを話ながら、車は民宿に到着する。