秋の夕暮れに その4

「めぐ、おれだよ、ねぇ、めぐ・・」私は点滴のルートが何本もついた恵の手を握り締めた。その手はついこの前につないでいたときと同じく暖かかった。
「あまり思わしい状態ではありません。決して楽観視しないでください。」ナースはそう言って、軽く頭を下げて部屋を出て行った。私は何を言えばいいかわからなかった。何をすればいいかわからなかった。ただ、恵のベッドと、両親の座っている椅子の間にしゃがみこんで無言でモニターの発する周期的な音を聞いていた。
脳挫傷ですって、あと自立神経系統も・・もしかしたら・・って言ってました。」恵の父が言う。
「いんなみさん、せっかく恵が、恵が明るい顔をするようになったのに、あなたのおかげで・・・」そこまで言って、恵の母は泣き崩れた。
「おれのせいだ・・ちゃんと家まで送っていけば・・」私は、水中にいるかのように自分の声が反響するのを聞いた。刹那、視界が褐色になり、そのまま倒れこんだ。頭をぶつけた感触があったが、痛みは感じなかった。
次に目を覚ましたのは、病棟の処置室のベッドだった。私にも点滴が1本落とされていた。
「お、目が覚めたか。ま、君のはただの貧血だから心配ない。セルシンを落としておいただけだよ。一応頭のCTもとったけど大丈夫だったよ。」ドクターがいう。
「じゃあ、恵さんの部屋に戻ってもいいですか?」私は聞いた。
「ああ、いってあげな。」ドクターは点滴を止め、私の腕から抜いて言った。
恵の個室に戻ると、やはり静かに寝息を立てている恵と、両親が座っていた。
「すみません、私なんかが倒れてしまいまして・・」そういいながら私は恵の脇についた。セルシンの効果か、若干ふらつくがさっきより少し落ち着きを取り戻していた。私は、恵の横にあるモニターに見入った。これが、今の恵の発する情報のすべてなのか。モニターの端にある88という数値が目に入った。私は迷わずナースコールのボタンを押した。そして廊下に出て叫んだ。「恵のサチュレーションが落ちてます、瀕死状態です!」それからあわただしく当直のドクター、ナースが駆け込んできた。
「気管内挿管に切り替えます、きみ、アンビュー続けて。」ドクターがきびきびと指示を出し、2分ほどで恵の気管に管が通された。サチュレーションは再び98まで上がった。血色の良くなった恵の顔を見て私はとりあえず安心したが、ますます痛々しい姿になっていく恵を見ていられなかった。両腕に点滴のルート、気管内挿管、心電図、指にはSpO2のモニタ・・・気持ちが落ち着いたところで改めてその姿を見ると、あまりの痛々しさに涙が止まらなくなった。私とつい数時間前に別れたときの恵、私はその生気に富んだ表情に魅了されていた。騒ぎが収まって、また恵の容態が安定すると耳が痛いほどの静寂が戻ってきた。その静寂の中、モニタの発する周期的な音が響いた・・・